よくある課題 著者紹介
Subsidiary Management

その判断、
本社が下す必要がありますか?

現地のことは現地で決めたい。でも本社が手放さない。
本社は任せたい。でも任せられる体制がない。

それは能力の問題ではありません。

海外現地法人の運営で本社と現地が直面する課題

任せたいのに任せられない。任せられているのに動けない。

海外現地法人がうまく回らなくなる典型的なパターンは、意思決定の権限が本社に集中し、現地が「判断待ち」の状態で止まり続けることです。現地スタッフの能力の問題ではなく、権限設計と報告ラインの問題です。

現地法人の責任者は思っています。「めまぐるしい決定に追われる日々、なぜ毎度日本本社にお伺いを立てる必要があるのか」

人事のこと、取引先のこと、オフィスの備品のこと——現地の事情を一番わかっているのは自分なのに、実際的な決裁権がない。本社に説明を書き、承認を待ち、タイムゾーンの差で1日ロスする。その間に、現場は止まる。

本社の側にもフラストレーションがあります。「任せたい。でも任せた結果どうなるかが見えない。」報告は来るが判断材料にならない。数字は出てくるが、その数字が何を意味しているのかわからない。

だから手放せない。手放せないから現地が育たない。育たないからますます手放せない——この循環が、何年も続いている。

そしてこの板挟みに放り込まれるのが、赴任した日本人自身です。言語が違い、文化が違い、法律が違い、生活インフラの常識が根本的に違う。たとえば若い人の一人暮らしなら洗濯機がない家は普通、という国です。空気が違い、食べ物が違い、仕事以前に脳がフル稼働している。その状態で、本社からは成果を求められ、現地からは判断を求められている。

海外現地法人への権限移譲を阻む3つの障害

海外現地法人がうまく回らない原因は、現地スタッフの能力不足とは限りません。まず前提として、本社と現地の間に3つの障害があります。

1. 権限と判断が物理的に分離している。
決裁権は本社にあり、判断に必要な情報は現地にある。この分離がタイムゾーンの差と合わさって、意思決定を遅らせます。現地の商慣習や労務環境を知らない本社が判断を下すこと自体にも、無理があります。

2. 現地で求められる守備範囲が広すぎる。
経営判断、人事管理、管理会計、IT、法務、情報セキュリティ——日本なら部署ごとに分かれている機能を、現地では数人、場合によっては一人でカバーしなければなりません。この守備範囲を担える人材を配置・育成する仕組みがないまま、「任せたい」と言っても無理があります。

3. 現地の実態は、文字では伝わりにくい。
やはり現地にいないとわからないことがあります。その背景を毎回説明しても、「文字で伝わるわけがないことを説明しろと言われても、どうすればいいのか」となる。「百聞は一見に如かず」という言葉が頭をよぎります。

これらは個人の問題ではなく、本社と現地の間の権限設計・情報設計の問題です。

「現地に任せる」とは何を設計することなのか

「現地に権限を移譲すべき」と言うのは簡単です。問題は、何を移譲し、何を本社が握り続け、何を外部に委ねるかの線引きが設計されていないことです。

この線引きなしに「任せる」と言っても、現地は判断基準がわからず動けない。本社は見えないまま不安が募る。結果、権限移譲は掛け声で終わります。

設計のためにはまず、現地の実態を理解する必要があります。新しい環境に赴任した人間の脳は、仕事以前にフル稼働しています。言語、文化、法律、生活——すべてが未知の中で、少なくとも業務が定型化するまでは「動く前に理解すること」に時間が必要です。この前提を無視して「すぐに成果を」と求めるのは、人間の限界を超えた要求です。

さらに、現地では「自分の言葉で伝える」ことの重要性が格段に上がります。通訳を挟めば、どれだけスキルが高くても「他人の言葉」になる。翻訳を介せば、内容のズレだけでなく「印象」のズレが生まれる。現地スタッフとの信頼関係を築くうえで、たどたどしくても現地の言葉で直接語りかける姿勢は、想像以上に効きます。——そしてこれは、本社と現地の情報共有設計とも無関係ではありません。通訳を介した報告は、必ずどこかで情報が劣化するからです。

権限の線引きを設計する出発点は、現地の実態を理解することにあります。本社が現地を理解し、赴任者が現地に適応し、現地スタッフとの信頼関係が築ける環境をつくる。その上で、何を本社が握り、何を現地に任せ、何を外部に委ねるかを決めていく。順序が逆では、設計は絵に描いた餅で終わります。