2013年、ベトナム・ホーチミン市で法人を立ち上げました。日本のWeb開発会社の子会社として、30名規模でのスタートでした。その後、最終的には50〜60名の組織になります。最初の数ヶ月で、私が最優先に取り組んだことを振り返ります。
コンテキストのない場所で会社を始めるということ
日本で働いていたとき、私はプレイングマネージャーでした。自分も手を動かし、部下にも指示を出す。多くの日本の会社でそうであるように、プレイヤーと管理者を兼ねていました。
ホーチミンで会社を始めたとき、最初に直面したのは、日本人同士であれば暗黙に共有されている前提——コンテキスト——が、何も存在しないという現実でした。「これは急ぎだ」「これは後でいい」「こういうときは声をかけてほしい」。そういった判断基準や空気感を、一から築いていかなければならない。彼らにとって私は外国人であり、会ったばかりの上司です。
しかも、30名を一度に採用しています。一人ひとりとゆっくり関係を築いていく時間はありませんでした。性急であっても、仕組みとして「伝わる状態」をつくらなければなりませんでした。
まず、自分の顧客を持たないことにした
反省から始まった話です。
立ち上げ直後、私自身が担当する顧客がいました。当然、顧客対応が最優先になります。しかし、立ち上げたばかりの会社です。業務フローは作り上げている真っ最中で、何が優先で何が後回しでいいか、私も社員もわからない。本来、急ぎのことなのに、社員の遠慮や私の余裕のなさで、報告や相談が遅れる。
コンテキストが形成されていない段階では、社員は「今これを言うべきかどうか」を判断できません。「社長は忙しそうだから後にしよう」が起きる。しかし、「忙しそうでも声をかけてほしい案件」と「後でいい案件」の区別は、まだ誰も知らない。そういう判断基準がまだ存在しないのですから、トップは常に余裕を持っている必要がありました。
最初のうちは「自分の仕事」がないことに恐怖や罪悪感を覚えました。手を動かしていないと落ち着かない。でも、できたばかりの会社では、自分がトップです。自分が決定しなければならない。それなのにトップに余裕がないと、社員の気持ちも不安定になるし、重大なリスクも見逃しかねない。
まったく自分の顧客やプロジェクトを持つなとは言いませんが、少なくとも余力は残すべきだと思いました。しっかりと話を聞き、判断していくことが、少なくとも業務フローや体制が定着するまでは、何よりも重要でした。
自分の言葉で伝えることにこだわった——ベトナム語の勉強
やはり思いました。「自分の言葉で伝えないと伝わらない」と。
日本人同士でも、「本人から直接聞いたこと」と「他人を通して聞いたこと」では印象がまるで違います。情報の劣化がなかったとしても、表情やその人の人柄といったコンテキストが失われる。他人を通すと意味がわからなくなったり、悪い印象になったりする。まだ関係性ができあがっていない環境では、なおさらです。
たどたどしくても、重要なことは自分で伝える。補足は他の人にお願いしてもいい。口頭が難しければテキストでもいい。完璧を目指さなくてもいい。しかし、できるかぎり自分が伝えること。これを重視しました。
ベトナム人は英語を使える人も多いですが、英語もベトナム人にとっては外国語です。日本人だって、流暢な英語よりもたどたどしい日本語のほうが、まだ理解しやすいことがあります。とにかく自分の口で伝えること。通訳を挟むにしろ、ベトナム語で自分で伝えるにしろ、毎回完璧に伝えるのは非常に困難です。だからこそ、次の話につながります。
日常から自分の考えを発信し続けた
ベトナム語学習の話にも通じますが、立ち上がったばかりの会社ではコンテキストが何も共有されていません。外国人同士ではなおさらです。ひとつの指示を理解してもらうためには、日頃から私の考え方を発信し、コンテキストを共通化していくことが重要だと考えました。
「具体的な指示をすればコンテキストは不要では?」と思われるかもしれません。できるならそうしています。しかし、通訳を挟むにしろ、ベトナム語で自分で伝えるにしろ、毎回完璧に伝えるのは困難です。「すべきこと」が明確とは限らないケースも多い。Web開発ではマニュアル化の難しい、ケースバイケースの判断が求められる場面が頻繁にあります。
私が何を重視しているかが社員に伝わっていて、それと日常の指摘に矛盾がなければ、言われた側の社員も納得感を持てます。そして、若い社員が多かったこともあってか、日頃から自分自身の思考回路を明文化して伝えていると、同じような考え方を試みてくれる人も出てきました。私の発言を理解するために、私の思考回路をトレースすることで、自然とそうなるのだと思います。
こうなると、日頃の指示や指摘が短い言葉でも伝わるようになります。「結果そのものに怒っているんじゃない、プロセスに対して指摘しているんだ」。そこが伝われば、同じ間違いを繰り返しにくい。
スローガンと行動指針をつくった
設立当初、「言われたからやった」「言われていないからやらなかった」が頻繁にありました。定義が難しい、受け手側の「責任」をどう伝えるか。私はそれを「プロとして振る舞ってほしい」という言葉に置き換えました。
日本の成果物に対する品質基準は高い。しかし、社員は若い人がほとんどで、仕事への意識もまばらでした。だからこそ、目指す基準は明示しなければならない。ただし、「日本だから」ではなく、「プロとしての誇り」に置き換えたのです。
スローガンのひとつは、「失敗してから直すのではなく、失敗を防ぐという意識」。最善を尽くして失敗するのは仕方ない。でも、「その失敗は本当に防げなかったのか?」。リスクヘッジとしてのマニュアル化やチェック体制は会社の仕事ですが、それと同時に自分自身でも考えてほしい。防げる失敗を防げなかったことを上司が責めるのではなく、自分自身で恥ずかしいと思ってほしい。
もうひとつは、「オフショア開発であることを忘れさせるコミュニケーション」。言語、場所、文化が異なる海外のオフショア開発で、円滑なコミュニケーションは難しい。しかし、その難しいことに挑戦しているんだと。求めていることが難しいのはわかっている。でも、目標として目指す。これは、私の日頃の指摘を正当化するためのものでもありました。
行動指針は日本語とベトナム語の両方で作りました。
- 自分の立場のみにこだわらず、相手の立場に立って物を考えられる。
- 素直にありがとうを言える。
- 年上、年下にかかわらず、つねに同僚に対して敬意を払える。
- なんでも一生懸命おこなえる。
- 自分に関係ないことでも協力しあえる。
最後の項目には背景があります。「テストは開発者の仕事ではない」と言い始める社員がいました。自分の職域を守ることを否定はしませんが、あまりに意固地だとプロジェクトが成立しない。それ以上に、業務フローがまだ不明確だった時期に、柔軟に動いてもらわないと何十名も新たに雇うことになります。経営者としての都合もあったことは否めません。しかし、「求められている」ことが、人によっては十分な行動のインセンティブになります。全員が共感してくれなくても、少しでも味方を作りたい。そう思っていました。
企業理念やスローガンというのは、体裁のいいことを言って新卒や投資家を集めるためのものだと思っていました。実際につくってみて、そうではないと実感しました。みんなに何をしてほしいかを周知するための、実用的な道具でした。