よくある課題 著者紹介
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外国人とともに働くなら、
その言葉を少しだけ知っておく

流暢に話す必要はありません。ほんの少し知っているだけで、外国人社員が書く「不自然な日本語」の意味が見えてくることがあります。ベトナム在住13年の筆者の経験から。

私はベトナムで10年以上、現地の会社を経営してきました。ベトナム語の力は、仕事に関する読み書きがなんとかできる程度です。長文にはAI翻訳の補助が必要で、口頭での会話は長くなると八割方通じません。

それでも、ベトナム語を少しでも勉強したことで、ベトナム人社員とのやりとりが変わった場面がいくつかあります。ここではその経験をもとに、外国人社員の母国語を「ほんの少し知っておく」ことの話を書きます。

ベトナム語を知ると「不自然な日本語」の意味が見えてくる

外国人社員が書く日本語や話す日本語に、違和感を覚えることがあるかもしれません。主語が抜けている、語順がおかしい、意味が通じそうで通じない。

その「不自然さ」の多くは、母国語の文法や表現を日本語に直訳した結果です。

日本語の表現を英語に直訳すると意味が変わったり、意味不明になったりすることがあります。「お疲れ様です」を英語に直訳したら何になるか。それと同じことが、ベトナム語から日本語への方向でも起きています。

たとえば、ベトナム語に「mệt」という単語があります。辞書的には「疲れた」ですが、ベトナム語では体調が悪いときにも「mệt」を使います。ある時期、ベトナム人社員が休みの理由を英語で「I'm tired」と投稿しました。一人が「I'm tired」と書くと、他の人がそれをコピペします。それ以来、休みの理由はみんな「tired」になってしまいました。意味がわからなかったのですが、「mệt」には「体調を崩す」という意味もあるのだと知って、ようやく納得しました。

もうひとつ。ベトナム語の「nghỉ」は「休む」と「辞める」の両方の意味を持ちます。社内チャットで「nghỉ」の文字が目に入るたびに、「辞めるのか?」と一瞬ドキッとします。

10年住んでも「筆談・あいさつ程度」という現実

冒頭に書いたとおり、私はベトナムに10年以上住んでいましたが、ベトナム語は仕事の読み書きがなんとかできる程度です。日常会話は短いやりとりなら成立しますが、込み入った話になるとすぐに限界が来ます。

外国語の習得は、本当に難しいものです。学校で4年間勉強しても英語がまともに話せない人がいるのと同じで、その国に住んでいるだけで言葉ができるようになるわけでもありません。

私自身がそういう状態なので、来日前にたった数ヶ月の研修を受けただけの外国人社員に流暢な日本語を期待するのは無理がある、ということは身をもって知っています。

「Xin chào」のその先にあるもの

「Xin chào」と言えたくらいで相手が喜ぶのは一瞬です。ただ、その効果は馬鹿にできません。

たとえば、ベトナム人は初対面で年齢を気にするケースもあります。ベトナム語にはanh(年上の男性)、chị(年上の女性)、em(年下)など、相手との年齢関係によって変わる呼称があります。年齢を聞いているのは、適切な言葉遣いを決めるための、いわば事務的な確認です。ベトナム語のしくみを少し知っていれば、不快に感じる必要がないとわかります。

ベトナムに住んでいる日本人でも、ベトナム語を勉強している人は実は少数派です。私は「まともに話せない」と書きましたが、在住日本人の中ではかなりマシな方だったりします。

日本にいる日本人が——それも上司や社長が——社員の母国語を少しでも知っていたら、それだけで外国人社員との距離は変わります。