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ベトナム人の英語は聞き取りにくいのか?
――日本人の英語もまた、ベトナム人には聞き取りにくい

日本人が「ベトナム人の英語が通じない」と感じるとき、ベトナム人もまた「日本人の英語が聞き取れない」と感じている。日本語とベトナム語、それぞれの発音の癖が英語にどう現れるのか。両側から眺めてみると、知識によって解決する方法が見えてきます。

日本人とベトナム人の英語の相性は悪い

ベトナムに来たばかりの日本人から、「ベトナム人には英語が通じにくい」と聞くことがあります。英語利用の経験はそれなりにあるのに、相手の英語が聞き取りづらいし、こちらの英語も通じにくい、という話です。

私のベトナム人である妻の親戚は、逆にこう言います。「日本人の英語は聞き取りにくい」と。

第二言語としての英語の研究でも、似た方向の観察はあります。オーストラリアの大学で行われた調査で、各国の聞き手のうち日本人聞き手が、ベトナム語話者の英語を他の聞き手集団と比べて理解しにくいと評価した結果が報告されています(Nguyen & Ingram, 2016)。オーストラリア英語の文脈で行われた研究なので、そのまま日越間の話に当てはめるには注意が要ります。それでも、日本人にとってベトナム人の英語には独特の聞き取りにくさがある、という方向の手がかりにはなります。

日本人の英語は、ベトナム人の耳にどう届くか

日本人が英語を話すとき、当人にそのつもりがなくても、カタカナの発音に引きずられます。長年染みついた口の動きは、英語ネイティブの発音を簡単には模倣できません。わかりやすい例で言えば、"make" が「メイク」に、"strike" が「ストライク」になってしまう現象です。本来ほとんど聞こえないはずの子音をはっきり発音してしまいがちです。

さらに日本語は、モーラ(拍)という単位で時間を刻む言語で、各拍の長さがおおむね揃います。英語のように強勢のある音節を長く、弱い音節を短くする抑揚の付け方は苦手で、単語を一つひとつ区切って発音しがちになります。英語の文全体が平板で、どこが強調されているのか分かりにくいリズムになります。

音節の数が増え、リズムが均一になるので、ベトナム人の耳には「音節が多すぎて、強弱の区別がつきにくい」ものとして届きやすくなります。

ベトナム人の英語は、日本人の耳にどう届くか

同じ現象がベトナム語話者にも起きます。ベトナム人が英語を話すとき、当人にそのつもりがなくても、ベトナム語の発音に引きずられます。

わかりやすい例は、"three" が "tree" に近く聞こえることです。英語の th(/θ/)の音がベトナム語にはないので、近い位置にある t に寄ってしまう、という現象です。

音の置き換え以外にも、ベトナム語にはない仕組みがいくつかあります。ひとつは子音のかたまりです。英語の "street" や "strength" のように子音が3つ、4つ連続する単語を発音する土台が母語にないので、子音が抜け落ちたり、間に短い母音が挟まったりします。

もうひとつは語末の子音のあつかいです。英語で "cat" を発音するとき、最後の /t/ は舌を口蓋に当てたあと息を抜いて、小さな破裂を伴います。ところがベトナム語では、語末の閉鎖音は口の形だけ作って、最後の破裂を行わずに音を閉じます。この習慣のまま英語を話すと、語末の子音が日本人の耳には「聞こえない」あるいは「途中で消える」ように届きます(Cunningham, 2009)。日本語話者が単語を特定する手がかりとして頼りにしている語末の子音が、そもそも発されていないということが起きます。

加えて、ベトナム語は6つの声調を持つ言語です。単語ごとに固有の声調が割り当てられていて、声の高低のパターンが言葉の意味を決めます。この感覚が英語にも乗ると、英語のイントネーションとは違う音の上下が現れます。ベトナム語話者の英語の疑問文を分析した研究では、初級者ほどベトナム語の声調に近い音の動きを英語の文末に使う傾向が確認されています(Nguyen & Dao, 2018)。

日本人の英語は音節が増え、リズムが平板になる。ベトナム人の英語は語末の子音が落ち、声調の癖が乗る。崩れる方向が正反対に近いので、お互いの英語は、自分の母語の感覚だけでは補いにくいものになります。

ベトナム語を知ることが、英語を知ることにもなる

ここまで日本語とベトナム語の発音の違いを並べてきましたが、これを読んだからといって、明日から誰かの英語がすぐ聞き取れるようになるわけではありません。ただ、相手の英語を前にしたときの頭の働かせ方は少し変わります。

ベトナム人の同僚が話す英語で、どうしても語尾が聞き取れない単語があるとき、「ベトナム語は語末の子音を破裂させないから、この人は自分の耳には届かない形で /t/ や /k/ を発音しているのかもしれない」と思えれば、話の流れから単語を推測しやすくなります。

これは英語の勉強というより、ベトナム語の音の仕組みを少し知っていることから生まれる推測です。

同じことは、英語の側の知識にも言えます。先に "three" が "tree" に近く聞こえると書きましたが、これはベトナム人の英語に限った話ではありません。英語のネイティブ話者のなかにも、ニューヨーク市やその周辺、アイルランド系英語、アフリカ系アメリカ人の一部の話し方などでは、th が t や d に近くなる発音が社会言語学的に確認されています(Th-stopping)。歴史的には、19世紀から20世紀初頭にかけてアイルランド系・イタリア系・ユダヤ系の移民が持ち込んだ発音体系の影響で、労働者階級の話し方として定着した、と説明されています。

筆者は学校で th の発音を厳しく矯正された世代です。今でも th が t に近い音で発されると、反射的に「間違っている」と思ってしまいそうになります。ただ、英語ネイティブの話し方のなかにも同じ音の選び方があると知っていれば、ベトナム人の英語を聞いたときに「これは訛りの問題ではなく、母語の音の体系から自然に出てくる発音のひとつ」と受け止める余地が生まれます。

ベトナム語をほんの少し知ることは、ベトナム人が話す英語を知ることにもつながります。そして、自分が話す英語が相手にどう届いているかを、日本語の音の仕組みと重ねて考えるきっかけにもなります。