外国人社員との「接し方」を考える前に、まず知っておくべきことがあります。彼らが日常的にどういう立場に置かれているか、です。
言葉がわからない、文化が違う——そういった表面的な話ではありません。もっと根本的な、「自分の生活基盤がいつ崩れるかわからない」という不安定さの話です。
外国人社員への接し方を考える前に知っておくべきこと。政策ひとつで立場が揺らぐ不安定さ、言葉ができても「情報弱者」である現実、外国語を話すだけで身の危険を感じる瞬間。ベトナム在住13年の筆者が自身の経験から解説します。
外国人社員との「接し方」を考える前に、まず知っておくべきことがあります。彼らが日常的にどういう立場に置かれているか、です。
言葉がわからない、文化が違う——そういった表面的な話ではありません。もっと根本的な、「自分の生活基盤がいつ崩れるかわからない」という不安定さの話です。
2025年からのアメリカの状況を考えてください。「移民の国」を自認してきた国ですら、政権が変われば外国人の扱いは一変します。合法的に滞在していた人々が、ある日突然、国外退去の対象になりうるのです。
これはアメリカだけの話ではありません。外国人は、その国にどれだけ長く住んでいても、どれだけ税金を納めていても、投票権を持ちません。国会議員にとって、票にならない存在を重視する理由は薄いのかもしれません。うがった見方をすれば、その存在は軽視されているとも思えます。
あの「移民の国」アメリカですら、移民の大量強制送還が起きました。日本で同じことが起きないと言い切れる根拠は、誰にもありません。
外国人の受け入れについて「議論」されていること。それ自体が、当事者にとっては不安の種です。明確な悪意がなくても、「歓迎されていないのではないか」と感じてしまう。ベトナムでも外国人の入場料がベトナム人より高い施設があります。ただそれだけのことで、「歓迎されていない」と感じてしまいました。これは些末な問題ですが、であれば、より踏み込んだ状況を見聞きし、体験したとき、外国人はどのように感じるのでしょう。
外国人の受け入れに関する議論が少数派の意見であっても、受け取る側にとっては人数の問題ではありません。自分たちの存在が議論の俎上に載っていることそのものが、不安なのです。
日本語能力試験N1を持っていたとしても、日本語で法律や行政手続き、地域のルール、会社固有の規程を読み取るのはまったく別の能力です。日常会話ができることと、制度を理解できることの間には、大きな溝があります。
しかし本当の問題は、この溝のもっと手前にあります。そもそも、何がわからないのかがわからない。どこに情報があるのかもわからない。誰に聞けばいいのかもわからない。情報にたどり着く手段そのものが見えないのです。
日本人であれば、なんとなく「市役所に聞けばいい」「ネットで調べればいい」と見当がつきます。見当がつくのは、日本で生まれ育ち、日本語で情報を得てきた経験の蓄積があるからです。外国人にはその蓄積がありません。言葉ができても、情報を得るための「地図」を持っていないのです。
この「地図のなさ」は、日常のあらゆる場面に影響します。何かトラブルがあったとき、どうすればいいかわからない。周囲が当然知っていることを自分だけが知らない。その状態が、毎日続きます。
情報を得られないということは、ただ不便なだけではありません。それ自体が、深い不安の原因です。
不安は、情報の問題だけにとどまりません。外国で暮らしていると、自分とは無関係な出来事によって、身の安全が脅かされることがあります。
筆者はベトナムに13年住んでいます。その中で、日本人であるがゆえの恐怖を感じたことが何度かあります。
ある時期、近隣の某国への反感がベトナム国内で急速に高まりました。外で日本語を話すのが怖かった時期があります。外国語を話しているというだけで、その某国の人間と間違われる可能性があったからです。日本語と某国語の区別は、ベトナム人にとってはつきません。
それだけではありません。日本国内でベトナム人の少女が殺害された事件のあと、ベトナムでは日本そのものへの反感が広がった時期があります。「なぜすぐに厳罰にしないのか」「ベトナムを軽んじているのか」——そうした声がSNSを中心に広がり、外出時に多少の慎重さを要する空気がありました。
筆者の場合、これらは一時的なものでした。しかし外国で暮らすということは、こうした状況と常に隣り合わせだということです。日本に住む外国人も、同じ環境の中にいます。
政策ひとつで生活基盤が揺らぐ。情報を得る手段がない。自分と無関係な事件で身の安全が脅かされる。——ここまで書いてきたのは、外国人が日常的に抱えている不安です。
しかし、この不安は外側からはほとんど見えません。仕事をして、会話をして、笑っている。それだけ見れば、何の問題もないように見えます。
見えないのは、言わないからです。言わないのは、言えないからです。外国人社員は「労働力」であると同時に、心があり、家族があり、不安がある人間です。しかし、その不安を職場で口にできる人はほとんどいません。
外国人を雇用するということは、こういう立場の人間を組織に迎え入れるということです。
結論のない話ではありますが、「外国人」として長年過ごしてきた筆者としては、「外国人は弱い立場なので、優しくしてあげてほしい」というのが率直なところです。
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