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ホフステード6次元モデルは信じていい?
— 異文化マネジメントの実感

ホフステード(Hofstede)6次元モデルの限界と、それでも実務で役立つ理由。
精度ではなく「問いを立てる道具」としての使い方を、異文化マネジメントの現場から考えます。

ホフステードモデルとは何か

このページにたどり着いた方は、すでにホフステード(Geert Hofstede)氏の6次元モデルをご存じかもしれません。

オランダの社会心理学者ホフステード氏が1970年代に発表したこのモデルは、国や地域ごとの文化的傾向を6つの次元でスコア化したものです。

  • 権力格差(Power Distance)
  • 個人主義と集団主義(Individualism)
  • 男らしさと女らしさ(Masculinity vs. Femininity。男性性・女性性と訳されることが多い)
  • 不確実性の回避(Uncertainty Avoidance)
  • 長期志向と短期志向(Long-Term Orientation)
  • 充足と抑制(Indulgence)

元データは、1960年代後半から70年代にかけてIBMが世界各国の社員を対象に行った調査です。

ちなみに、国民性に「男らしさ」「女らしさ」なんてあるのかと驚かれる方も多いと思います。しかし、この指標名はあくまでも便宜上のものであり、生物学的な男性・女性とは別物だと考えていただければよいと思います。

「国ごとの違い」を数値で比較できるというのは便利で、今もビジネスの世界で使われる場合があります。

数値化の限界

数値化すると、物事が具体的に見え、比較しやすくなることで、途端に興味深くなります。しかし、このモデルを実務上の判断材料として使うのは困難です。

元データの古さと偏り

もともとはIBMの各国支社の社員調査による分析で、社員の職場満足度を測るための質問票だったそうです。つまりただの内部資料だったのです。その上、回答者はマーケティングや営業職が中心で職種に偏りがあります。当時の情勢を考えれば、男女比も偏っていたはずです。

その後、ホフステード氏側がVSM(Values Survey Module)という質問票を公開し、世界中の研究者がそれぞれの研究プロジェクトで追加のデータ収集を行っています。しかし、この質問票自体が「仕事」や「職場」を前提にした設計であるため、回答者はどうしてもホワイトカラー層に偏りやすくなります。満遍なくフィールドワークを行うのは実質不可能です。国民性と見なすには、ずいぶんと偏っているのです。

回答が組織の空気に染まる

質問票調査にはつきものの問題ですが、回答者は所属する組織の雰囲気に影響を受けます。IBMという特定の企業文化のなかで得られたデータが、その国全体の文化を映しているかどうかは疑問です。ホフステード氏自身も、2011年の論文で、国文化の次元は同一国内の組織比較には適さないと述べています。

質問票の解釈のばらつき

同じ質問文でも、受け取り方は人によって変わります。たとえば、この質問票には「あなたの経験上、部下が上司に反論するのを恐れることはどのくらいありますか」というものがあります。これに対する回答は、個人の性格やそのときの気分、質問文をどう解釈したかによっても左右されます。言語や文化の違い以前に、質問票という手法自体にそうした揺れがあるのです。

国という単位でくくれるか

このモデルの大きな問題点は、一つの国を一つの文化として扱っている点です。

では、国よりも細かい単位 — たとえば民族や宗教 — でくくれば正確になるかといえば、それも同じことです。同じ民族でも世代によって価値観は違いますし、同じ世代でも個人によって異なります。どこまで細分化しても、最終的には「人による」に行き着きます。

私自身、ベトナムで仕事を始めた頃、社員の行動に疑問を感じるたびに「これはベトナム人だからなのか、この人個人の性格なのか」と悩んだ時期がありました。結局のところ、国民性で説明しようとしても答えは出ません。

スコアと実感のズレ

ホフステードのスコアでは日本の個人主義は中程度とされています。しかし実感としてはどうでしょうか。私は、集団になると意見を言えなくなる日本人の方が大多数だと感じています。かといって、これも世代や業種、会社の風土によってまったく異なります。スコア一つで語れるものではありません。

人間の多面性

そもそも、それぞれの性質は共存しないのでしょうか。極めて個人主義的な人は、決して集団のなかで迎合しないでしょうか。ホフステードモデルにおける「男らしさ」とは競争意欲や達成意欲などのことですが、それが極めて高い人は調和を求めないのでしょうか。二極に分けること自体に無理があります。人間はそもそも矛盾を抱えた存在だと思います。

ホフステードのモデルが役に立つ場面

以上の記述から、筆者がホフステードモデルを否定的に捉えていると思われるかもしれません。しかし、私は「ただの参考にとどめるべきだ」と言っているだけです。参考としてなら、このモデルには利点があります。

みんな同じ、という思い込み

相手が「同じ人間ではない」と決めつけるのも問題はありますが、かといってその逆も問題です。「人はみんな同じだ」という決めつけは、無自覚の「期待」、悪く言えば「押しつけ」ともいえます。「みんな同じ」は「普通はこうするはずだ」という暗黙の期待でもあるからです。同じはずだと思っているからこそ、異なる部分に出会ったときに、相手を否定したり、「理解できない相手だ」と諦めてしまいかねません。

私は国の傾向を画一的にとらえることはできないと思っていますが、ある程度の傾向があること自体は否定しません。偏見のそしりを恐れずに言えば、たとえば敬虔なムスリムやキリスト教徒と一般的な日本人の間には、個人差を超えた違いがあります。ただし、それは人間としての本質的な違いではなく、育った環境や信仰といったコンテキストの違いによるものです。

ホフステードのスコアは、この「違い」を意識させてくれる機会となります。

思考を整理し、説明しやすくする道具

人は理解できない事態に直面したとき、「なんか違う」とか、「日本人だから」「ベトナム人だから」とか、理由になっていない理由で片づけてしまうことがあります。それを「この軸において傾向の違いが見られる」と置き換えれば、自分のなかの理屈や感情を整理しやすくなります。また、他人にも説明しやすくなります。ベトナムをまったく知らない人に状況を伝えるとき、こうしたフレームワークは便利です。

自分の意見を確立するきっかけ

調査会社のレポートやホフステードのスコアを見て「本当にそうだろうか」と疑念を抱くこと。それは、自分の意見を確立していくきっかけにほかなりません。「なんとなく感じていたこと」を具体化する。そのきっかけとして、ホフステードのスコアには価値があります。

正しさよりもきっかけ — ホフステードモデルの意義

ホフステードモデルの価値は、まず、数値化し比較することで「相手に興味を持つ」。そして、考えることの「きっかけ」となります。

ホフステード氏以降も、GLOBE研究(62カ国の中間管理職を対象に次元を9つに拡張したもの)や、Erin Meyerの『The Culture Map』(既存の研究知見と実務経験を統合し、8つの軸に再整理したもの)といったフレームワークが出ています。しかし、サンプルが特定の職種に偏る問題や、独自の大規模検証データを持たないといった課題は共通しています。フレームワークが変わっても、「道具であって正解ではない」という前提は変わりません。

実務で重要なのは、国のスコアよりも、目の前の個人がどういう人か、自分の組織にどういう文化を持たせたいか、また、自分と社員の間にどういう関係が築けているか、といったことです。

私自身、「ベトナム人だからなのか、この人だからなのか」と悩んだ末にたどり着いたのは、「これが当社のルールだから」という判断基準でした。国民性で説明しようとするよりも、組織として何を基準にするかを明確にした方が、お互いにとってわかりやすいのです。

ホフステードのスコアは、その判断に至るまでの「なぜこの人はこう考えるのだろう」という問いを立てる段階で役に立ちます。答えとしてではなく、入口として重要なのです。